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2016.01.23 Saturday

お久しぶりの【シンクロニック☆ファン禁ツアー】

【Episode機
《DNA/Part2》

当時の日本の音楽シーンは様々なジャンルが隆盛を極めていた時代だ。
俺自身の音楽性にも多大なる影響を与えたのは間違いない。邦楽では男性アイドルで御三家と呼ばれた郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎、女性アイドルでは花の中三トリオと呼ばれた山口百恵、桜田淳子、森昌子、等々アイドル全盛期でお茶の間を賑わしていた。
当時のアイドルと言えば昨今のようなチープな存在ではなく正に神懸かり的な存在感を放つ国民的な大スターだった。
俺も百恵ちゃんが大好きだったなぁ(笑)確かキャンディーズもこの頃に出現した記憶がある。ドリフの8時だよ全員集合!が時折「船橋ヘルスセンター」での生中継だった為によくキャンディーズも来ていたが、ある日地元の暴走族に追いかけ回されそれ以来船橋には来なくなったという悲しい話もあった。暴走族はただ単に純粋なファンだったのだろうが(^_^;)
そしてこの頃にフォークソングという新たなジャンルがメキメキと台頭を現してきた。
男は肩まで髪を伸ばし、皆一様にラッパズボンを穿いたお兄さんやお姉さんがフォークギター片手に夜通し歌い明かしていた。
岡林信康、古井戸、六文銭、吉田拓郎、なぎら健壱、井上陽水、などが昭和の高度成長社会に対しメッセージを吐き出していた。因みに俺も吉田拓郎のアルバムを持っていたが、なぎら健壱が大相撲中継でのハプニングをパロディ風に歌った「悲惨な戦い」が大好きだったよ。時はベトナム戦争の終焉期の頃だ。ヒッピームーブメントとかウッドストックという有名なフェスもあった。
洋楽ではハードロックが日本を席巻しており、ディープパープル、エアロスミス、レッドツェッペリン、グランドファンクレイルロードなどが人気を博していた。勿論ビートルズも定番だったし、ビートルズといえばビートロックバンドで有名だが、日本でもキャロルというビートロックバンドの勇が現れたのもこの頃だ。
銀座ナウというTV番組にポマードたっぷりのリーゼントに皮のつなぎ服といういでたちで現れた彼ら、メインボーカルの矢沢永吉が頭を小刻みに振りながら口元を尖らせ歌うロックンロールナンバーはあまりにも衝撃的で当時の少年たちの目に鮮烈に焼き付いたものだ。俺もバンドには憧れもあったが小学生から続けていた柔道で県大会出場という夢があったためにまだ音楽には心底のめり込めなかった。しかし県大会に念願の出場を果たし、そして3位に入賞し高校も柔道で推薦入学が決まり、満を持したがごとくお茶の水の楽器店に駆け込みPearlのドラムセットを24回払いのローンで手に入れ、仲間とバンドを組み憧れのキャロルやビートルズなどをコピーしまくった。そして当時も現在も変わらないがどのバンドもドラマー不足だったので様々なバンドを掛け持ちしフォークソングバンドにも駆り出された始末だ(笑)
何故俺が様々な楽器の中でドラムを選んだのか、ギターにも手を着けた事もあるがやはり当時100キロオーバーの俺にはギターは似合わないf^_^;
なんせギタリストは痩せた人たちばっかりだったからだ(笑)
それと何よりもドラマーの全身を使ったあのボディパフォーマンスに魅了された。今から思えばダンスが大好きな俺に通ずるものがあったんだね。子供の頃から大好きだったドリフの加藤茶さんの影響も強かったと思う。
ドリフは当初コミックバンドで活躍していたし、加藤茶さんは若い頃より天才ジャズドラマーと業界で評されていた方だ。普段ステージで笑いをとる加藤さんのキャラとは違いスティックを持った途端に目つきが変わり華麗なスティックさばきを魅せるそのギャップにうちのめされたんだ。

高校に進み厳しい柔道の練習に耐えながらも暇があればドラムを叩くという高校生活を送っていた俺はある日ふと立ち寄ったレコード店で奇妙なバンドのシングル版に目がとまった。そう!去年久しぶりに来日したアメリカのスーパーバンド「KISS」だ!俺の中2の娘も東京ドーム公演を生意気にも俺を差し置いて観に行きやがった(笑)
シングル版のジャケットに写し出されたその男達は皆顔に素顔が判らない程ド派手なメークが施されていた。しかも只のメークじゃない、悪魔、星の王子様、宇宙人、猫というまるでアメコミ雑誌から抜け出てきたような容姿だ。
「何じゃこりゃ?」俺は興味本位でそのシングル版を購入した。家に着くやいなや早速レコードに針を落とした途端に俺は度肝を抜かれた( ̄○ ̄;)
彼らの奇妙ないでたちとは裏腹にスピーカーから流れてきた彼らの曲は軽快なしかも重厚感溢れる正真正銘のロックンロールだった!!あの名曲「Rock'n Rool All Night」だ。
「スゲェ、このバンド格好いい〜♪」一発で俺は彼らの虜になった。彼らの初来日武道館公演も二年連続で観に行った。(後に本人から聞いた話だが旧友クレイジーAも同じ日に観に行っていたらしい)
彼らの出すアルバムは全て買い、日々KISS漬けの毎日だった。ここまで話してお気づきの方もいるとは思うがBlackミュージックの話が全然出てこないではないか?…と、当然Blackミュージックも既に日本に輸入されていたし、俺がバンドに熱を上げていた時分にディスコではニック岡井氏考案のSoulステップを皆で揃って踏んでいたステッパーズ時代である。だから当時は俺が学校の部活帰りにいつも地元の仲間と立ち寄っていた喫茶店ではジュークBOXから流れるスティビーワンダーやテンプテーションズ、ヴァンマッコイなどの曲に合わせ先輩たちがSoulステップを踏んで踊っていたものだ。俺も中2の時にスリーディグリーズのアルバムを買っていたくらいにSoulミュージックも日本に浸透していた。
現にスリーディグリーズの来日時には日本語によるナンバーの「苦い涙」という曲を来日記念版として発売するほどに人気があり、TVの歌番組にも頻繁に顔をだしていた。
高校の文化祭ではDISCOを開催しているクラスさえあった。当時アメリカで放送されていたソウルトレインというLIVE&DANCEの番組も日本で放送されはじめていたのだが、そのソウルトレインが後の俺の人生に決定的な影響を及ぼすのだった。…つづく








 
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